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よみがえる戦後山梨の記憶「農業普及・青少年クラブ」

カテゴリ: 農業普及_青少年クラブ 地域: どこか 撮影者: 内田 宏
(登録日: 2010/07/24 更新日: 2021/05/23)


 4Hクラブは、1890年代終わりから1900年代初頭、農業教育の需要が高まる中、アメリカ各地で始まったアメリカ最大の青少年教育団体である。
 全国農業青年クラブ連絡協議会ホームページ「活動の紹介」によると、アメリカにおける4Hクラブは、現在本部を米国農務省に、州本部を各州立大学に置く。アメリカに住む8才から19才までの少年少女であれば、人種、宗教、国籍、生活環境を問わず、自主的に地域の4-H会員となることができる。地域のボランティア・リーダーたちの指導のもとに農業技術の振興をはじめ、衣・食・住・美術工芸・機械工作など生活全般にわたる教育を展開している。
 4-Hクラブのモットーは、“Learning by Doing”(実践をとうして学ぶ)“To Make the Best Better”(最善をつくそう)。将来のよき市民になるための育成を目ざしている。

 4つの「H」とは、Head(頭)、Heart(心)、Hand(手)、Health(健康)の頭文字をとったと言われるが、正確には次のような意味があるという。
・Head to clearer thinking
・Heart to greater loyalty
・Hands to larger service
・Health to better living

この項目の筆者が意訳すると、(明晰な思考の頭脳)(より大きな忠誠の心)(手に汗して、社会、国、世界へ奉仕)(よりよい生活のため健康を増進)。

 日本における4Hクラブの活動は、第2次世界大戦後の昭和20年代にいくつかの動きがあった。1つにはGHQと日本の財界の肝いりで、昭和26年に設立された日本4H協会(初代会長・林甚之丞 日本鋼管会長)がある。
 その当時、山梨県八ヶ岳山麓の清里で、日本農業近代化のためにモデル農村造りに取り組んでいた米国人ポール・ラッシュ氏は、同協会の趣旨に賛同して、昭和26年11月、清泉寮実験農場を日本で最初の「4H実習農場」として発足させた。翌27年3月、清里の清泉寮で第1回4Hクラブ全国大会が開催された。(なお日本4H協会は昭和53年11月解散)
 一方、農林省では、昭和全国の農業改良普及所(現在の農業改良普及センター)が中心になり、4Hクラブをモデルにして、農業青年クラブの設立を進めた。
 当時は第2次世界大戦直後であり食糧難の状況が続いていた。そのような状況の中で、農業青年達は農業技術や農家生活の向上を目指して、仲間づくりを中心に活動の輪を広げていった。
 現在その活動は 全国農業青年クラブ連絡協議会が引き継がれている。

 山梨県では農業改良普及事業の一環として、4Hクラブ(または農業青少年クラブと呼ぶ場合もある)の設立が進められ、昭和27年10月、甲府市で第1回山梨県農村青少年クラブ演示大会が開催されるに至った。身近な保存食として「ザリガニの瓶詰加工」のその他の実演が行われた。発表は大塚青年4Hクラブ。壇上で七輪を使った調理を行っている。
28年7月16日、甲府市で山梨県4Hクラブ連絡協議会結成、山梨県4Hクラブ大会が開催された。
 内田宏氏は県職員として、日本における初期の4Hクラブの活動の様子を克明に写真に記録した。
 内田氏の写真を通じて、二十一世紀の私たちは、敗戦後の日本の混乱状況の中で、農業改善、農村改善に取り組む若者たちの姿を知ることができる。
 特に4Hクラブの特色である農村改善と課題解決のための手法である「4H共同プロジェクト活動」と、その成果を発表するための「4Hクラブ演示大会」などにおける青年たちの生き生きとした姿は、後に昭和三十年代以降、日本産業の高度経済成長を支えた「品質改善運動」に取り組む工場の若者たちに引き継がれ、「改善」が驚異的なスピードで復興を遂げた日本の原動力であったことが容易に理解できる。
 共同プロジェクトは、4Hクラブ活動の基本で、全員がプロジェクトをもち、それをクラブ活動の中でお互いに解決を図る、とされている。
 プロジェクトとは、「興味があり感心の高い日常の営農や生活における問題を発見し、その問題を解決する為の目標を定め、問題解決について計画し、自分(達)の責任において合理的に実施し、これをとおして農業改良や生活改善に関する知識と技術を身につける実践的学習活動」と言われている。

 当時はカメラが貴重な機材であったため、日本国内初期の4Hクラブの活動記録写真は、内田氏の記録したもの以外はごくわずかであると思われる。

 20年代に増加の一途を辿った農業青年クラブも、昭和30年代から一転して減少していった。社会は高度経済成長時代に入り、農村から多数の若い労働力が流出したためである。

4-H National Headquarters - NIFA - USDA
http://www.national4-hheadquarters.gov/
全国農業青年クラブ連絡協議会
http://www.zenkyo4h.org/index.html
 

山梨県農村青少年クラブ県連絡協議会結成式の大会宣言と決議

 昭和28年7月16日、甲府市で開催された山梨県農村青少年クラブ(4Hクラブ)県連絡協議会結成式で採択された宣言と決議。
 その内容は、日本の4Hクラブ運動が、農業青年の教育活動を超えて、日本農村の社会改革運動の様相を帯びていたことが読み取れる。
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宣言

我々クラブ員は常に科学的態度で農事家事の改善を学びこれが実践を通じ自らを磨くと共に共同精神を培ってよりよい農村よりよい社会の建設に寄与することに全力を傾けてきたのであるが、新生日本農村の前途には尚幾多の難関が横たわり必ずしも楽観を許さぬものがある。この秋にあたり我々クラブ員は益々団結を固くし一致協力初期の目的達成のため努力せんことを誓う
右宣言する

 昭和二十八年七月十六日
 山梨県農村青少年クラブ員大会


決議
農村青少年活動の重要性に鑑み発展強化を固めるため左記事項の実現を期す

 記
一.我々クラブ員は一層自主独立の精神昂揚に努めること
二.我々クラブ員はクラブ活動の目的をよく自覚し政治には関与しないこと
三.我々クラブ員は農業改善生活改善の先覚者たることを自覚すること
四.我々クラブ員は封建制を打破し、民主化の徹底を期すること
五.農村青少年クラブの全国的連携期間の設立を図ること

 昭和二十八年七月十六日
  山梨県農村青少年クラブ大会



(44件)
01 4Hクラブの県演示大会 02 4Hクラブの演示大会 03 4Hクラブ 審査競技 04 山梨県4Hクラブ連絡協議会結成
05 山梨県4Hクラブ大会 06 山梨県農村青少年クラブ大会 07 談笑する4Hクラブの女子たち 08 4Hクラブの告知板
09 4Hクラブ活動 10 4Hクラブ活動 11 4Hクラブ活動 レクレーションの楽しいひと時 12 4Hクラブ活動 共同プロジェクト 野菜育苗
13 4Hクラブ活動 共同プロジェクト 柿の剪定 14 農村青少年レクリェーション大会 15 4Hクラブ員の審査競技会 16 4Hクラブ演示大会
17 4Hクラブのキャンプ・ファイアー 18 大型農機具の操作実習(青少年夏期学校) 19 畜力利用の実習(青少年夏期学校) 20 4Hクラブ員の家計簿記帳
21 4Hクラブのポスター展示 22 4Hクラブ料理講習会 23 4Hクラブ員の土壌検査 24 ブドウ園でラジオ農業学校の学習
25 ラジオ農業学校と剪定実習 26 ブドウ園でラジオ農業学校の学習 27 4Hクラブ技術交換会(品名鑑定競技) 28 会費制結婚披露宴
29 昭28 山梨県 “近代的農家” 30 昭30 山梨県 “洗濯台いかが” 31 昭25 山梨県 “農家の庭先” 32 昭29 山梨県 “土壌検定”
33 昭28 山梨県 “緬羊の爪切り” 34 昭27 山梨県 “4Hクラブ” 35 小淵沢4Hクラブ結成 36 桜井4Hクラブ員記念撮影
37 山梨県農村青少年クラブ大会 38 演示法 屋外で接ぎ木の演示をする4Hクラブ員 39 男女青年が一緒で料理実習 40 八ヶ岳登山
41 キャンプファイアー 42 第1回農村青少年クラブ演示大会 43 土壌検査を行う4Hクラブ員 44 4Hクラブ員の会費制結婚披露。

内田宏氏の作品について御存知の方、御意見のある方は御連絡下さい。

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