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オープンデータうえだby長野大学前川ゼミ

真田氏記念公園【2015/11/13】

地域: 上田市
(登録日: 2015/11/22 更新日: 2017/01/29)


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記録日: 2015/11/13 真田町

真田氏記念公園の説明


真田の郷の玄関口にある小さな公園。
国道144号線沿いの下原交差点の近くにある。
公園内には、「真田太平記」の著者、池波正太郎氏の筆による石碑が建つ。
また、地元出身の彫刻家、岡田益雄氏が製作した真田三代のレリーフがある。

真田の郷を訪れた際には、必ずチェックしておきたい場所である。
真田の郷へ来たんだと思えます。

近くには、3台ほど車を停められるスペースがあります。
 

真田三代の略記


ここ真田の郷は、戦国時代天下に勇名を馳せた真田氏一族の発祥の地である。
今も由緒深い古社寺、居館跡、古城等数々の史跡が往時を物語っており輝かしい歴史の郷であることを、
町民はなにより誇りとしている。
 

真田幸隆公
真田氏中興の大祖
天文年間武田信玄の信州先方衆として活躍、堅固な砥石城を攻略して、
上田進出の基をつくり、川中島の決戦場でも武勇をあげた。
さらに岩櫃城をはじめとする要害所城を次々と攻略をもって北上州制覇の地歩を築く等、
戦国期真田氏台頭の基盤を固めた。

真田信綱公・昌輝公
信綱、昌輝兄弟は、台頭期における真田氏を支えた武将で、殊に信綱は父を助けて上州の攻略、
小県郡内統一に力を尽くした。
天正3年長篠の合戦に出陣、武田方の最右翼として設楽原に出撃したが、
優勢な鉄砲隊にはばまれ、激闘の末兄弟ともに戦死を遂げた。

真田昌幸公
両兄なきあとの真田氏を継ぎ、沼田城を攻略して北上州の支配権を確立した。
さらに武田氏滅亡後尼ヶ淵に上田城を築き、天正13年の上田合戦で徳川軍の猛攻を撃退した。
また関ヶ原の合戦でも上田の孤城で徳川秀忠の大軍を阻止して、真田の武名を天下に轟かしたが、
武運つたなく九度山で波乱に富んだ生涯を閉じた。

真田幸村公
天下分け目の関ヶ原の合戦における上田城攻防戦に、父昌幸を助けて孤塁を死守した。
慶長19年冬の陣の到来とともに大坂城へ招かれ、真田丸を構築して豊臣方の危急を救った。
続いておこった夏の陣では、徳川家康の本陣をおびやかすほどの奮戦をしたので
「真田日本一の兵(つわもの)」と賞賛された。

(公園内の説明から引用)
 

マップ

撮ってきた写真

(11件)
01 真田氏記念公園周辺の案内 02 真田氏記念公園@ 03 真田氏記念公園A 04 真田氏記念公園B
05 真田三代まちあるき地図マップ 06 真田三代のレリーフ 07 真田昌幸公のレリーフ 08 真田幸隆公のレリーフ@
09 真田幸村のレリーフ 10 真田氏記念公園C 11 真田幸隆公のレリーフA

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