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ミッチーのほぼ日記

女相続人(1949) The Heiress

カテゴリ: 映画作品解説
(登録日: 1985/00/00 更新日: 2024/02/22)


パラマウント映画 白黒 115分
監督 ウィリアム・ワイラー 脚本 ルース&オーガスタス・ゴーツ
出演 オリヴィア・デ・ハヴィランド,モンゴメリー・クリフト,他

この解説は、『ワセダ・フィルム・ライブラリー(アメリカ映画・トーキー期 1930―1949)』(1985年,早稲田大学大学院文学研究科)掲載原稿を転載したものです。(執筆:前川道博)
 

解説


 ワイラーがパラマウントに移籍して監督した第1作である。原作はヘンリー・ジェームズの小説『ワシントン・スクェア』をルース・ゴーツとオーガスタス・ゴーツが戯曲化した『女相続人』で,原作者のゴーツ夫妻が映画の脚色を手がけた。

 ワイラーは『ミニヴァー夫人』(1942)の後、従軍して,戦争記録映画を数本つくり,除隊後再びゴールドウィンで,復員兵の戦後社会への復帰を扱った『我等の生涯の最良の年』(1946)を監督,長い戦時体験に終止符を打った。戦後のワイラーの活躍は,ロマンティック・コメディー,西部劇,歴史スペクタクル劇,ミュージカルなど多方面に及ぶが,戦前戦後を通じてみてもその主流を成すのは,ドラマ本位の室内劇的作品である。戦後作品では,『女相続人』(1949),『黄昏』(1951),『探偵物語』(1952),『必死の逃亡者』(1953),『噂の二人』(1961)といった作品がこの系統に挙げられよう。その点で『女相続人』は,戦争から解放されたワイラーが得意の世界にたち戻り,戦後の再スタートをきった作品であると言える。

 1930年代から40年代にかけて推し進めたワイラーの演出は,特に〈空間的深さ〉の利用とそれにかかわるデクパージュの変革において,今日に至るも〈映画とは何か〉の再考を迫るだけの美学的示唆を含んでいる。このようなワイラーの演出上の試みは,グレッグ・トーランドとの協力による最後の作品となった『我等の生涯の最良の年』で集大成された感があり,それ以降の作品でそれを超える成果をみることはできないが,代りにワイラー演出のうちにある風格の深まりを確実に見出すことができる。『ニューョーク・タイムズ』評(1949年10月7日付)では,「ワイラー氏は,このいくらか厳格なドラマに,舞台でのそれにはなかった興味深い詳細さと曖昧のある親しみの幻想を与えた。彼は,人物の個性,感情,様式の明晰さと鋭さを維持する一方,十分に血肉化された人々を極めて間近に生き生きとみせてくれる。」と評された。

 この作品の演出技術の確かさは,照明と撮影の計算された陰影効果,視線や人物の表情の明晰な提示とそれらの直面設計に基いた心理表現,階段や鏡といった装置や小道具のいっそう意識的で頻繁な使用などに見出せよう。たとえば,変奏主題のように画面前景に示される,刺繍を続ける主人公キャサリンの正面を向いたままの姿は, ワイラーがそれ以前にも繰返し試みた,視線を交わらせない芝居の典型例である。カメラがその表情の推移を凝視することにより,その凝視(=女主人公の存在とその心理状態の強調)が,ドラマを奥深く抉るような仕掛けとして,観客のドラマへの参加に働きかけてくる。また特にこの作品において顕著な鏡の使用については,植草甚一が,「階段の踊り場,表の客間,奥の居室の壁にはめこんだ広い鏡面間の距離をよく計算した巧みな室内設計とカメラの位置によって,そこに映る人物と前景に配された対象人物とのあいだの心理的陰影が鮮かに浮び出してくる。」(『キネマ旬報』1950年11月上旬号)と指摘している。
 

物語


 「100年前のこと…」(冒頭字幕)。病院を経営する医師のオースティン・スローパー博士は,豪壮な邸宅が並び合うニューヨークのワシントン・スクェアに居を構えていた。博士は,一人娘のキャサリン,博士の亡妻の妹で牧師の夫を亡くしたばかりのラヴィニア・ペニマン,女中のマライアと4人で暮していた。博士の亡妻は才色ともにすぐれた婦人だったにもかかわらず,娘のキャサリンは容貌も人並み以下で,その上社交性の乏しい引込み思案の娘だったため,博士は日頃,娘に憐憫とも軽蔑ともつかぬ態度をとることが多かった。叔母のペニマン夫人はキャサリンの味方役をつとめていたが,キャサリンは父に全く頭があがらず,何かにつけて亡き母の気量と比較されるのが辛かった。

 その夜は,キャサリンの従妹のミリアン・アモンドとアーサー・タウンゼンドの結婚披露宴が開かれることになっており,キャサリンは父と叔母と共にアモンド家へ出かけた。披露宴には大勢の客が集まり,客たちは踊りに興じていたが,キャサリンには踊る相手が現れない。その彼女の前に,モーリス・タウンゼンドという男が現れた。彼は新郎アーサーの従弟で,ヨーロッパから帰って来たぽかりの秀麗な紳士であった。

 モーリスはキャサリンを訪問するようになり,彼女は彼に強く魅かれていった。ある夜,モーリスは博士から食事に招かれ,その席で自分が父の遺産を使ってパリで遊び暮したことと,帰国後職探しをしていること,帰国後は姉のモンゴメリー未亡人と暮していることなど自分の身の上について語った。ペニマン夫人はモーリスに好意を感じ,モーリスをキャサリンの相手にと博士にすすめるが,博士は彼が金目当てに娘に近寄ったとの疑いを抱き,モーリスを嫌っていた。同晩,博士が仕事で外出した後,モーリスはキャサリンに求婚した。夜遅く博士が帰宅すると,キャサリンは父にそれを知らせ,博士は翌日彼と面会するのを承諾した。

 翌朝,モーリスが来る前に,博土はモンゴメリー夫人を呼び寄せて,彼の人となりに探りを入れると,モーリスが財産目当てに結婚を望んでいることがわかった。夫人が去った後,モーリスが来訪したが,博士の返事はにぺもない。しかし,博士はキャサリンの意志が変らないのを知ると,モーリスを忘れさせるため彼女を連れて半年間ヨーロッパへ旅立つことにした。その後,モーリスは2人が不在のスローパー家へ足繁く通うようになった。

 パリでの長期滞在にもかかわらず,キャサリンが依然としてモーリスを諦めていないのを知ると,博士はやむなく帰国を決意した。2人が到着する日,モーリスはスローパー邸へ来て,ペニマン夫人と,キャサリンとの駆落ちの手筈を決めて立ち去った。家に戻った博士はモーリスが邸に出入りしていたのに気づいた。彼は,キャサリンに,モーリスが望んでいるのは彼女でなく,財産以外の何物でもない,もし彼女がモーリスと結婚するなら,年俸20000ドルの相続権は棄てたものと覚悟するようにと言い放った。ペニマン夫人は外で待っていたモーリスをいったん帰らせようとしたが,気づいたキャサリンは思わず外へ飛出して,2人は強く抱擁した。モーリスは彼女に翌日の馳落ちの計画を伝えるが,父が愛憎からでなく侮辱から冷酷な態度をとるのがわかっていた彼女は,その夜のうちに抜け出したいと頼み,結局モーリスが馬車を手配して迎えに来ることになった。しかし,約束の時刻を過ぎてもモーリスは現れなかった。

 キャサリンは,モーリスが従兄から金を借りて旅立ったことを知り,我が身の境遇を悟った。博士は娘に自分が肺をわずらい命の長くないことを打ちあけたが,軽蔑ゆえに父が他の男から自分を守っていたことを知ったキャサリンは父に深い恨みを抱き,父の死に際して身じろぎもしなかった。

 亡父の邸宅と財産はキャサリンのものとなった。彼女は5年が過ぎても結婚せず,自宅に閉じこもる生活を続けていた。ある日,旅先から帰ったペニマン夫人が,モーリスを屋敷に連れてきた。モーリスは,西部から苦しい思いをしながら帰ってきたことを話し,5年前の違約を詫び,彼女が自分との結婚のために莫大な遺産を失うのを見るに忍びなかったこと,いまなお彼女を愛していることを告白した。キャサリンの許しが得られたと思ったモーリスは,再度結婚を申し込んだ。キャサリンは,承諾の返事をし,5年前,彼に与えようとパリで買った商価なカフス・リングを渡して,今晩訪ねて来るようにと,いったん彼を帰した。しかしキャサリンは,モーリスが昔は彼女の財産だけを欲しがったのに,今は愛情をも欲しがって同じ嘘を言っているのを感じとっていた。モーリスは,その夜再びスローパー家の扉を叩いたが,キャサリンは刺繍を続けた。刺繍を終えると,彼女は無視して2階へあがった。モーリスは,むなしく扉を叩き続けるのだった。
 
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