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ミッチーのほぼ日記

[13/12/14]江川太郎左衛門屋敷跡

カテゴリ: 東京まちあるき2013 地域: 東京都
(登録日: 2015/02/08 更新日: 2024/02/22)


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記録日: 2013/12/14 東京都

江川英龍(江川太郎左衛門)の名前は全く知りませんでした。両国界隈のまちあるきは実に向学心を高める上での刺激になります。お台場を造った人物であることがわかりました。ジョン万次郎をここに住まわせていたというのもまた意外な事実です。

勝海舟、尺振八、そして江川英龍、この狭い界隈から幕末・明治維新期の激動の日本を動かした人物が輩出したことも驚きです。
 

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江戸の町
江川太郎左衛門屋敷跡 9


 江川太郎左衛門は、伊豆韮山を本拠地とした幕府の世襲代官で、太郎左衛門とは江川家の代々の当主の通称です。なかでも有名だったのが、三十六代の江川英龍(一八〇一〜五五)です。
 英龍は、洋学、とりわけ近代的な沿岸防備に強い関心を寄せました。我国に西洋砲術を取り入れ、韮山に反射炉を築いて、江戸防御のため江戸湾内の数ヶ所に砲台(お台場)を造りました。また、日本で初めてパンを焼いた人物だともいわれています。
 この屋敷は代官の役所も兼ねていて、英龍は、土佐国中濱村の漁師で、嵐で遭難し、米国の捕鯨船に救われ、ほぼ一〇年振りに帰国した中濱萬次郎を敷地内の長屋に住まわせ、英語を講義させたといわれています。
 

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