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ミッチーのほぼ日記

[13/12/14]吉良邸跡

カテゴリ: 東京まちあるき2013 地域: 東京都
(登録日: 2015/02/08 更新日: 2020/06/13)


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記録日: 2013/12/14 東京都

本所松坂町公園は、1934年「地元町会の有志が、遺跡を後世に伝えようと、旧邸跡の一画を購入し史蹟公園として、東京市に寄付したものだと記されています。赤穂浪士が討入した吉良邸跡のほんの一部を公園としたものであっても、公園が海鼠壁で囲われ、中に吉良上野介をしのぶ座像、神社があり、歴史名所、観光スポットとなっています。この日は赤穂浪士討入の記念日に辺り、大勢の人が訪れていました。
 

説明板クリップ


本所松坂町公園由来
    所在地 墨田区両国三丁目十三番九号
    面積  九十七、五六平方メートル
 この公園は「忠臣蔵」で広く知られる、赤穂義士の討入があった、吉良上野介義央の上屋敷跡です。
 その昔、吉良邸は松坂町一、二丁目(現、両国二、三丁目)のうち約八、四〇〇平方メートルを占める広大な屋敷でしたが、年を経て一般民家が建ちならび、いまではそのおもかげもありません。
 昭和九年三月地元町会の有志が、遺跡を後世に伝えようと、旧邸跡の一画を購入し史蹟公園として、東京市に寄付したもので、昭和二十五年九月墨田区に移管されました。
 周囲の石壁は、江戸時代における高家の格式をあらわす海鼠壁長屋門を模した造りで、園内には、元吉良邸にあった著名な井戸や稲荷社などの遺蹟があり当時をしのばせております。また内部の壁面には義士関係の記録や絵画が銅板で展示されております。
墨田区



忠臣蔵
Site of former residence of lord Kira
吉良邸跡 33


 吉良上野介義央の屋敷は広大で、東西七十三間、南北三十五件で、面積は二千五百五十坪(約八四〇〇平方メートル)だったとされています。
 吉良上野介が隠居したのは元禄十四年(一七〇一)三月の刃傷事件の数ヵ月後で、幕府は呉服橋門内にあった吉良家の屋敷を召し上げ、代わりにこの本所二ツ目に屋敷を与えています。
 現在、吉良邸として残されている本所松坂町公園は、当時の八十六分の一の大きさに過ぎません。この公園内には、吉良上野介座像、邸内見取り図、土地寄贈者リストなどの他、吉良上野介を祀った稲荷神社が残されています。
墨田区

 

メディアクリップ

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