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小津映画入門

3 たびたび挿入される尾道の風景


 老夫婦の並び合うかたちと並んで、『東京物語』の繰り返し構成の中核となるのが、尾道の風景の繰り返しである。尾道の風景は、まず映画の冒頭部で示された後、ドラマの舞台が再び尾道に移ってから、繰り返しさかんに現れる。

 図13は、作品冒頭のショットのうちのいくつかだ。これらのショットには、必ず動きのあるものが現れて、それらが画面を活気づけている。図1では、ポンポン蒸気と桟橋の人々、図2では通学途中の子供たち、図3では轟音を立てて走り過ぎる列車といった具合である。

図1

図2

図3

 ところで、次に示す右側の図46は、左隣の図13とそっくり同じショットの繰り返しである。ところが画面上からは動きのあるものが全く消滅してしまっている。これらのショットは、老母の命があといくらもないことを観客が知らされた後、そして顔に白布の掛かった姿の老母が示される直前に唐突に現れる。『東京物語』の最も衝撃的な場面の一つだ。

図1(再掲)
作品冒頭のショット 暗い画面にポンポン蒸気の音が聞こえ、次第にこの画面が現れる。右下後景に、ポンポン蒸気と桟橋で船を待つ人々の姿が見え、画面を活気づけている。
図4
図1と全く同じ画面。夜明けの尾道。老母の命があといくらもないことを知らされた後で、冒頭部と全く同じショットが導入される。この時点で観客はまだ老母が亡くなったことを知らされていない。
図2(再掲)
通学途中の小学生が向こうに歩いて行く。画面左に屋台とビン(縦長の対象物)を配することで、子供たちの動き(横への動き)が強調される。小津独特な画面づくりの一例だ。
図5
図2と同じ画面。全く同じ風景の繰り返しでありながら、冒頭部で示されていた屋台とビン、子供たちの姿が画面上から消え去っている。
図3(再掲)
列車がゴトゴトと音を立てながら通過する。ポンポン蒸気、桟橋の人々、通学途中の子供たち、そして列車。冒頭部で導入される尾道の風景はすべて動きのあるものを中心に構成される。
図6
図3と全く同じ画面。線路上から列車が消えて、すっかり静まり返っている。動くものと音の消滅が、生命の消滅を暗示している。この後の場面転換で観客は老母の死を知ることになる。
 小津は、一個の生命の消滅を、同じ風景の繰り返しの中で、動くものと音の一切を消し去ってしまうことによって鮮烈に表現した。映画全体に渡って繰り返される尾道の風景は、永遠に繰り返される時間を物語っているようにみえる。それだけに、画面から動くものが消え去ってしまうことが、真実の重みとなって伝わってくるのだ。


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